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「夏が来れば思い出す〜♬」
2018/07/19

7月、連日34、5度をこえる猛暑日。
こう暑いと子どものころの「夏」を思い出す。
同年代の人には「そういえばそうだったよなあ!」と懐かしんでもらえることもあるかも知れないし、トシの離れた若い人には「へえ〜、そうだったんだ!」と思われるかも知れないが。

公務員だった父親の転勤で、神戸から京都を経て滋賀の近江八幡へ。戦争が激化したのと家庭の事情により、そこに住み着くことになった。


「琵琶湖でのしじみ獲りや魚釣り、水郷(沢)での“ひしの実”採り」
「小さな川でフリチン泳ぎ」(たまに蛭=ヒルに血を吸われたりした)
「馬草刈り」(夏休みに学校から、干して5貫目とかいわれて、湿地帯で汗まみれで刈った)
「昆虫(むし)獲り(樫やクヌギの木に止まっているのを、夜明け早々に。カブト、ヘイケ、コガネ、イトキリとかを)
「蛍狩り」(溝や小川にいくらでも飛んでいた。捕まえて家の蚊帳(かや)のなかに放った)
「肝だめし」(墓地や神社の境内で、夜中に中学生達が小学生を脅す。驚かせるほうもオッカナビックリ)
「箸に刺さった棒状のアイスキャンデーやカキ氷」(口を真っ赤や黄色にする原色のシロップをかけたもの)
「行水」(たらいに釜で沸騰させた湯を入れ水で加減した中に入る。石鹸は使わなかった。湯上りに母親に振りかけてもらった天花粉の香りが懐かしい)
「将棋や五目並べ」(近所の大人も子供も、車なんか1台も通らない生活道路に出した「しょうぎ」と言われる木材で作った長椅子で)
「盆踊り」(学校の運動場やお宮の境内で輪になって江州音頭を・・大人も子供も=ナンパも喧嘩もなかった)
「炎天下での草野球(三角ベース)(手づくりのグラブやボール、竹のバットで)

なんだかかんだといろいろ思い出すが、なんといっても・・・・
「広島、長崎の原爆<ピカドン!>の被災」と「ラヂオの前に正座して終戦を告げる天皇陛下の玉音放送を聴いたこと」は忘れることはできない。
当時、国民学校6年生。あれからもう、あれからまだ七十年!

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お暑うござります。どないでっか?
2018/07/15

「少な毛の 頭に暑き 夏日かな」(詠み人、俺)

各地連日35度越えの猛暑日(◎_◎;)
それにしても暑い日が続きますなあ(+o+)

友人知人の皆さん、特に老境におられるご同輩;

ばててまへんか?食欲落ちてまへんか?
たまには外食にでも出かけてまっか?
ビール飲みすぎて腹の調子悪うしてまへんか?
一日中テレビ三昧でボヤーっとした日を過ごしてまへんか?
せめて朝夕の散歩ぐらいしてまっか?
(家族に心配かける徘徊やなしに!)
軽い運動、さぼってまへんか?
世の中の事、関心や興味失ってまへんか?
自分で機会を作って、人と会って話などしてまっか?

この暑いのもあと4,50日。
熱中症、冷房依存症に気ィつけて、トシのこともある程度考え、ムリせんように日を送りましょうな。


(写真をクリックすれば拡大・・・ただし気分を悪くされないように)

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FIFAワールドカップ戦 雑感
2018/07/13

 連日熱戦を繰り広げ世界中を熱くしたFIFAワールドカップロシア大会もいよいよ優勝決勝戦と三位決定戦を残すだけになった。
 子供のころから鍛え上げられた各選手の技能、臨機応変の戦術、戦略の展開は、さすが国の代表だけあってそのすごさに大いに感動させられた。

 それ以外に驚かされたのは、選手のけばけばしいタトゥー、延ばし放題のベアード(あごひげ)である。かつて女性のあこがれの花形選手だったイングランドのベッカムもそうだったが、何回もバロンドールを獲得しているアルジェンチンのメッシ、神童と言われるブラジルの点取り屋ネイマールなどの入れ墨は、我々にとってはおどろおどろしいぐらい派手である。
 日本や韓国選手も、目立たないぐらいのタトゥーをしている選手もいるらしい。
 ひげ面は相手に威圧感を与えるかもしれないし、観衆に存在感を与えるかもしれないがが、決して爽やかな印象を感じることはない。
 日本人選手の本田や、今回は長友まで茶髪?(金髪?)だが、存在感はあるかも知れないが、東洋人には似合わず好感がもてない。

 子供たちが憧れ「将来あんな選手になりたい!」と憧れの存在であることも意識して欲しいものだ。

 考え方が古いのかもしれない。でも、正直そう思う。

 3位決定戦は、日本が一時リードしながら惜敗したランキング3位のベルギーに勝ってもらいたい。
 優勝決定戦は、小国でほとんど白人ばかり、入れ墨選手も少ないクロアチアを声援したい。

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アメリカの友人から、季節の贈り物が
2018/07/04

ロスエンジェルス郊外にあるローズパレードで知られるパサデナに住む友人から、この時季いつも「アメリカンチェリー」が送られてくる。また、冬には、やはりカリフォーニア州特産のオロブランコ(文旦とグレープフルーツを交雑させてできた柑橘類で、いわゆるイスラエル産のスィーティーと同種)も送ってくれる。
 この友人も夫妻揃って80歳代。私が米国法人の経営に携わっていたころ、銀行マンを退職されたミスターをわが社に迎え、日本からの視察団や交流イベント等の現地交渉や手配を担当、ミセスはは私の秘書として、Human Resources Management(人事労務管理)を担当してもらっていた。

私の高校の同級生で理学博士の肩書を持つ友人が、日本語の英訳などで迷ったときにと、この夫妻を紹介。以来かなり頻繁に連絡しあい、特にミセスは、それを縁に私の友人たちが京都大学の研究仲間と定期的に発行している文集に、何度も寄稿している。

 何かの機会に人を知る、またその人の知り合いと出会う、それっきりの場合もあり、ズーッと付き合う場合もある・・・大げさに言えば「人間関係」ちゅうのは筋書きのないドラマのようである。
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今日この頃・・・
2018/06/26

・・・こんなことを独りで、またはこんな人たちと


最近興味、関心のあることなどーーー

◆岡山理大獣医学部開設のプロセス。安倍総理と友人加計理事長の関係。どの程度影響したか
◆日朝関係の今後と拉致問題の解決の方向(米朝関係は興味なし)
◆日米経済摩擦、株価の低迷

スポーツ業界---

◆プロ野球、阪神、楽天のファンだったが今は関心なし
◆大相撲、日本人力士に期待できずせめてモンゴル人以外の栃ノ心あたりを応援。       
◆団体競技は、もちろんFIFAワールドカップ開催中のサッカー「サムライジャパン」
◆来年日本で開催の世界大会が行われるラグビー
◆若いアスリートの活躍に声援を・・卓球(張本、ミマミウ)、バドミントン(男女とも)、
◆水泳(女子の池江)、テニス(錦織、坂田チョット飽き気味)・・

(その他)
◆日本大学トップと経営、アメフト部の実情
◆女子レスリング界と至學館大学と指導陣

趣味、交友関係---

◆マジックは少し熱が下がり、飽き気味で練習もしていない
◆漢字クロスワードパズルは退屈したときに夫婦でやっている ボケ防止に!というのはイヤ。
◆中学、高校、大学の同窓会にはできるだけ顔を出す
◆教え子の同窓会には声がかかれば北海道まで出かける
◆社友会は、ウォ−キング同好会やゴルフ懇親会は気候のいい時だけ参加している
◆現役時代の業界の仲間との交際は積極的に続行
◆自治会の人も引退される人が多く、妻は妻同士、男は男同士の付き合いで定例の食事会を

ということで、こんな人たちと、こんなことなどで、楽しんで日を過ごしております.


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「無理したらアカンで」と人には言うているくせに
2018/06/18

ちょっと高齢をわきまえないタイトなスケジュールかなと思っていたが、案の定、ばててしまった。

 若いのは定年後間もない60そこそこという元気な会社の後輩たちとのゴルフ、その往復のドライブ。
 次の日は、朝早く家を出て京都へ。西陣の老舗の料亭で大学の学友たちとの定例の旧交を温める会にでて、とんぼ返りで帰京。
 自覚はしなかったがこの時点でかなりくたばっていたはず。
 翌日は庭木の剪定をお願いしてあったシルバー人材センター方の仕事の立ち合い。
そして、植え付けたゴーヤの育ちが悪いので全部引き抜いて新しい苗を植え付け、捨てようと思っていた苗を蘇生させてみようと、ホームセンターに出向いてプランターの一番大きなのを二つとそれに入れる培養土を買ってきて植えなおしてみる、

 次の日、東京地区に住んでいる高校の学友たちとのちょっと早めの暑気払いを「春日部温泉センター」で。
 ちょうど通期ラッシュアワーに巻き込まれた時間にフーフー言いながら駅の階段を上り下りして最寄駅まで。預けてあった自転車で2キロ・・で帰宅。

 次の日微熱が出て咳が鼻水が止まらず、小便の勢いもなく食欲も進まない。かかりつけの医者に診てもらったら「無理なさらんように(^_-)-☆」といわれ、人には<ご無理なさらないように!>というくせに自分はどうジャイナ!と反省。
ちょうど30年ぐらい前、猿回しの村崎太郎に叱られた猿の次郎が「ハンセイ!」といわれて太郎の膝に手をつき、カクンとうなだれる可愛い所作が「タモリの笑っていいとも」で大受けし『反省するだけならサルでもやるわ』が流行語になったこともあるが。

 そんなこんなでFBやHPへの書き込みができなかったが、「ネタ切れ」は仕方ないとしても「寝たきり老人」にはなりたくないものだしなぁ。

 今ですか?時計で例えるなら、12まで行っていたのが3か4の数字ぐらいのところまで戻った感じですな。

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寿司食うなら寿司が回ってくる店が良い
2018/06/07

たまに、無性に寿司が食いたくなることがある。そういうときは、ここんとこ・・ではなく、もっぱら「回転寿司」に出かける。
 わが家の生活圏内にも、蔵(くら)寿司、がってん、がんこ、はま寿司、スシロー、魚屋路(ととやみち)などいろいろあるが、お気に入りは『銚子丸』。ネタが大きいし新鮮、寿司の種類も多い。直接オーダーして握ってもらうもよし、次々に回ってくるのを見定めてピックアップするのも楽しいし、目の前にあるヴィジュアルな画面を見ながら指で注文することもできる。アラ汁は骨を取り除いてあって飲みやすい。
 回転寿司は、握ってくれる職人や近くの客に変な気を遣わなくてもいいので気楽である。
 私は胃を全摘しているので多くは食べられない。家内は本来少食のほうなので、二人でせいぜい10〜12,3皿。他人の一人で食う量を二人で食っている。しかも、ウニとか大トロだとかの高級品より、マグロ、サーモン、イカ、甘えび、、鉄火巻き、玉子などどちらかというと安い部類のものが好みである。ので、「お勘定を!」というとき恥ずかしい思いがするぐらいである。
 ただ一つ自分がこだわっているのは、寿司を食うのは絶対箸を使わず手で食う。家から直行のときは、自宅からおしぼり持参で行くこともある。

 話は別だが、北海道オホーツクの中核都市北見が発祥の地である『トリトン』はおそらく"日本一の回転すし"だと思う。今では札幌や東京スカイツリー近くのソラマチ、池袋などにも店がある。機会があればぜひ一度行かれてはいかが!!

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暇な時が多いが、せわしい時もあるもんや
2018/06/07

一昨日は日中30度の真夏日。会社の後輩たち20人ほどとの定例ゴルフ会。定年退職後まだ年月の経っていない一回りも二回りも若い元気な連中が多く、シングル(ハンデキャップ10以下)の猛者も5、6人交じっている。
 先日他のコンペで自他ともに驚いた優勝でイササカ自信を持って参加したのだが、調子がクソ悪く、ケツから二番目(いわゆるブービーといわれる)という目も当てられない成績(+o+)「珍しいですなあ(嘲笑?)」というみんなからの声に多少慰められたものの「なにかひと言を」と言われて「キミたちには『長幼の序』とか『先輩に対する忖度(ソンタク)』ちゅうものを持ち合わせてないんかヨ』とぼやきの言葉を。

 翌日の昨日、毎年6月6日に開催している大学のサークルのリユニオンが京都西陣の老舗の京料理店であり、早朝に自宅を出て、いつものように日帰りで参加。

回文をひとつ(後ろから読んでも同じ)
  『友と京都つどう よき友と』=ともときようとつとうよきともと

 往路4時間、会食4時間、帰路4時間、連絡待ち時間1時間を入れてのとんぼ返り。
 帰りの新幹線でユックリ寝て帰ろうと思っていたけど、落語に関する文庫本を読み、今はまっている漢字クロスワードに熱中。京都駅で買った定番の「柿の葉寿司」で軽めの夕食をして帰宅した。
 さすがに疲れたが、これだけ動き回ると、少しは減量でき足のむくみなんかも取れてしまう。ムダ(余計なこと)・ムラ(不規則なこと)・ムリ(きついこと)はよくないが動けるうちは多少は動いた方がいいかナと思う。
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今年も東京同志社校友会「春の集い」が
2018/05/28

 例年通り、母校同志社の東京地区同窓会「春の集い」が、ホテルニューオータニで開催され、650人の大宴会になった。
 参加者リストに目をやると年長順で20人目にわれわれ同期7人の名があり、中央メインテーブルのすぐ後ろの晴れがましい席が用意されていた。
 当日のゲストスピーカーは、大先輩、茶道裏千家前家元の千玄室大宗匠。95歳になられているが堂々とした体躯で姿勢よく演壇に立ち、メモや原稿も持たず45分間、迫力のある口調で「なぜ神道、仏教と深い関係のある茶道の将来家元が、キリストの教えを通した学問の道を歩んだか、戦争最中の大学や教育、当時のキャンパスや部活、ご自分や学友はどんな状態であったか、
当時のなどを素晴らしい記憶力と表現力で話をされた。
 その内容の多くは、われわれが後輩に語り継がなければならないと考えさせられた。

 アトラクションは、大学軽音楽部のOBで、大学時代結成した5人グループ。大学対抗コンテストで優勝したこともあって卒業後プロに。結成50年を超えた「タイムファイブ」という五人グループで、楽器演奏とコーラスというユニークなジャズ演奏で今でも現役で活躍中だとか。数年前には天皇ご一家のご希望で御前で単独演奏したこともあり、今までに歌ったCMソングは1000曲を超えるという。ジャズ全盛時代を体験した我々年代には大いに楽しめた。

 今回、たまたま米国在住40年の一年先輩の女性Hさんも、ひと月あまり帰国中とのことでお誘いし、初めて参加された。祖父が戦時中の大変な時期の同志社第11代の総長牧野虎次先生で、同じ孫にあたるM君とは従姉関。彼とはは在学時、私と席次一番違いの友人でアメフト部のマネージャーだった(この春他界)。H女史はニューヨーク郊外に住まわれ40年以上「ニューヨーク同志社会」の名誉会長をなさっている。私も1990年前後ニューヨーク駐在時、二期4年間、会長についていたが、当時は高度経済成長時代で、日本の企業も日米間の往来も多く支店開設ラッシュもあり、会員も200人を超えていた。
 このHさんの一つ上の兄上T氏も、同じ大学を出て戦後就航早々のころの日本航空の機長をなさっていた。講演をされた千氏とも知り合いということで急遽出席された。87歳にして向学心旺盛で「週2回英語スピーチの勉強会にでているけど参加しませんか?」と誘われた。もちろん丁重にお断りしたが、声をかけていただくだけで光栄だった。

 2025年は開学150年に当たり、いろいろな計画がなされている。その夢を語る後輩の輪に入っていけるはずがないが、せめてその年まで健康でおられればオンの字である。

(写真をクリックすれば拡大)
住めば都、住んでるのは都下
2018/05/23

関西の友人知人から「あんたの住んどる小平ってどんなとこなんや」とよく訊かれる。ということもあり、チョット説明しておきたい。
東京都下、多摩地区の「小平(こだいら)市」(人口は都下各市では、八王子、町田、府中に次ぐ)。玉川上水が横断し、通称グリーンロードと呼ばれる遊歩道に囲まれて緑地も多く、緑の美しい住宅地と言われている。
わが家は、JR中央本線新宿から特快で17,8分の国分寺(ノンストップで8分という列車もある)、武蔵野線の新小平の中間にあり最寄りの駅は西武鉄道の「鷹の台駅」である。
 バスの便もよく、歩いて5分の武蔵野美大前に西武バスと立川バスの共用のターミナルがあり、ここを始発でJRの国分寺、国立(くにたち)、立川にはいずれも20分で行ける。70歳以上の東京都民は都営の地下鉄、都バスのほか都内を走るすべての私営バスもタダで利用できるからありがたい。

 周囲には学校が多く、徒歩5分以内に「武蔵野美術大学」「白梅学園大学(中・高・大」「朝鮮大学校」「創価学園(小・中・高)「東京経済大国際センター」、15分で「津田塾大学」20分で「一橋大学国際キャンパス」と「放送大学」、「国土交通大学院」などがある。
秋の学園祭のころは、各大学において連日どこかで何か催されている。

 都心に通う勤め人には少し遠い感じもするが、引退後の生活にはきわめて心地よい所ではある。
 「住めば都 住むなら都下」という幼げな自慢話?である。

(左から武蔵野美大、津田塾大学、一橋大学国際キャンパス)


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